STORY 開発秘話

オーディオケーブルの開発秘話(4)
aetついに倒産? 日本の技術はアメリカの圧力に屈するのか?

 1998~1999年 HHシリーズが売れ始めて、雑誌等で絶賛されていた頃の話です。この時期aetは、すでに町工場のレベルを脱し、一般的なケーブルメーカーが年間数千メートルと言う生産量だった時期に、すでに年間50万メートルをかるく超える生産量に達していました。

(修正:以前400万メートルと書いていましたが、間違いでした。この時期の生産量は年間50万メートルは超える状況でした。400万メートルは、その後の話です。申し訳ありません。)

 順風満帆に見えたaetの躍進ですが、実はこの時、aetの小原はある重要な決断を迫られていました。

オーディオケーブルの重要な部品である「プラグ」の供給をストップされてしまったからです。

 この時期、aetではオーディオケーブルに使用するプラグを海外からの輸入に頼っていました。そのプラグ以上の製品は、当時入手できなかったからです。

 プラグが無ければオーディオケーブルは作れません。オーディオケーブルが作れなければ、aetは倒産に危機に直面することになるのです。

 小原は、積み上がったケーブル線の在庫を前に、途方に暮れた状態でした。


◆ 事の発端は、あまりに些細な事だったかもしません。

 当時、アメリカにも「高級オーディオケーブル」は多数存在していました。しかし、aetの製品に目をつけた、あるユーザー達は思わぬ行動を起こしていたのです。

 日本で数万円程度で売っていたオーディオケーブルをアメリカに持ち込み、1500ドル程度(最近のレートで18万円前後)で販売していたのです。

 それでも売れたのですから驚きでしたが、この動きは、競合他社のメーカーが「脅威」と感じるに十分な程度まで、大きくなって来たのです。

 理由は、日本円で18万円程度のケーブルが売れ出すと、何故かそれ以上の価格帯のケーブルが影響を受け始めたのです。超高級ケーブルを販売している業者から見ると、無視できない影響が起き始めたのです。

 影響を受けたは、アメリカのマーケットだけではありませんでした。この頃、年間生産量1000~2000メートル程度のガレージブランドが、アメリカでは群雄割拠していました。

 このガレージブランドのケーブルを、「舶来で高級だから」と言って購入していた日本の市場でも、少なからず影響を与えていたのです。

 「脅威の芽は、早いうちに刈り取れ」とばかりに、aet包囲網が作られ、ついにその圧力によりプラグの輸入がストップされたのです。

 当初、aetの小原は「何が起こったのか?」を理解できませんでした。

 いつもの様に発注したプラグが、いつものように納品されなかったのです。催促しても無しのつぶて。「どうなっているのか?」と調べる為、LA(ロス)の販売代理店まで直接交渉に行きました。そこで、やっと事の真相がわかったのです。

 プラグが無ければ、オーディオケーブルは作れません。しかし、八方手を尽くしたのですが、この時使っていたプラブ以上の製品を見つけることは出来ませんでした。

◆ アメリカの圧力に屈するのか?

 残る手段はただ一つ。

 「国内産のプラグを開発する事」です。

 しかし、国内でプラブを作ると「金型代」とか「開発費」等でめちゃめちゃお金がかかります。年間生産量400万メートルと言う企業レベルには達し ていましたが、それでも、手配や事務処理で相変わらず社長の小原自ら徹夜で作業を行っていた当時のaetには荷が重過ぎる決断でした。

 さらにこの決断は、「アメリカにケンカを売る」事も意味していました。もし、アメリカの企業が「ケンカを売られた」と判断すれば、、他にどんな圧力が加わるか、想像も出来ないのです。

 しかし、この決断を行わない限り「海外の製品に大きく差をつける日本製の高級オーディオケーブル」は、実現できないことになります。

 切羽詰ったaetの小原は、結局「日本製のプラグを独自に製作する」と言う決断を下さざるを得なかったのです。

◆ やるからには「理想の製品」を作る。妥協はしない。

 そう小原は決めました。

 素材から見直し、電気の流れる量を2倍にする構造を実現しました。従来のプラブは、理想のものから見ると、細く小さい構造でした。オーディオプラグの多くは流用品を使用していた為、輸入に頼る以上「しかたのない現実」でした。

 しかし、自社製を開発するとなると話は別です。今までの「細く小さい構造」を踏襲する必要はまったくありません。この時、aetの小原は、「許される最大限の断面積構造を採用した設計」にチャンレジしたのです。

 実際の開発は、公官庁や大企業に納品しているISO取得の、日本トップクラスの技術を持つ企業が担当してくれました。精密な製品を大量生産する場合、このクラスの企業の協力は必要不可欠だったのです。

 その結果、力感や密度が上がるオーディオプラグを開発することに成功することになるのですが、さらにその前に「思わぬ重大な問題」が発覚したのです。

次回「新たな圧力! そして、誰も作れなかったオーディオプラグを追い求めて」お楽しみに
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