STORY 開発秘話

オーディオケーブルの開発秘話(8)
    HHシリーズ2 モニター飛ばし伝説

 日本初の国産高級オーディオケーブル HHシリーズですが、さらにパワーアップする為に改良版が開発されました。ここではHHシリーズ2と呼びます。

 HHシリーズ1で得た経験をフィードバックして、さらに力感を上げるために線を高密度に巻いてHHシリーズ2を作りました。具体的には、ケーブル線の周りに特殊な繊維を巻き付け、さらに堅くしました。これは、振動を押さえ、エネルギーが振動に変換されない為の工夫です。

 これにより、「静電容量が増えない」「振動に強い」「スピード感のある」オーディオケーブルへとバージョンアップされたのです。

 一言で言うと「ドカーン」と鳴るケーブルになったのです。これでさらに評価が上がったのですが、新たな問題点も出てきました。


◆ 「モニター飛ばし伝説」が生まれたケーブル

 プロの現場で実際に起こった事件です。

 スタジオ等でチェック用に使うスピーカーを「モニター」と呼びます。チェック用と言っても、スタジオにあるスピーカーです。38センチのスピーカーが4個入っている「箪笥」のようなスピーカーセットです。

 通常、このモニター用のスピーカーを最大音量で聞くことはありません。通常のセッティングだと、ボリュームを上げていくと、どこかのレベルで音が歪み始めます。なので、その前でボリュームを止める事になります。

 aetのオーディオケーブルHHシリーズ2を使うと、この「歪み」が起こらなかったのです。パワーが上がっているのに、「歪み」がないので、どこまでもボリュームを上げて行けます。

 これはある意味「爽快」な出来事です。パワフルで歪みのない音が、最大ボリュームで聴けるのですから最高に楽しい時間でした。

 「ワオ! こいつは、どこまで上がっていくのか?」

 そうやって、どんどんボリュームを上げていったら、、、

 モニタースピーカーが飛んで(壊れて)しまったのです。

 これは一カ所ではなく、数カ所のスタジオ等で起こった事実です。

 さすがにクレームにはなりませんでしたが、良くも悪くも「ぶっ飛んでいる」と言う評価はいただきました。

◆ アーティストからの仕事も入り始めた

 このHHシリーズ2になって、さらに売れて行きました。aetのケーブル写真が、雑誌の表紙に使われた事もありました。オーディオケーブルの写真が雑誌の表紙に使われるのは、当時画期的な出来事でした。そして業界の誤解(反発)も深まる一方でした。

 この頃から、小原はアーディストに呼ばれ「音の改善」や「セッティングの仕事」を依頼されるようになりました。現場に行ってみると、「ちょっとしたタレント扱いだったのには驚いた」と言います。

 もちろん、小原が人気だったのではなく、呼んでいただいたアーティストの方が「すごい方」だったからですが。。。

 ある意味、この時期が小原にとって一つの「絶頂期」だったかもしれません。苦しかった生活も一気に改善されました。HHシリーズの大ヒットで、高い車も買えましたし、高級ワインも口に出来るようになりました。

◆ 「大儲けをして、いい気になって遊びほうけている。」

 言われもない誹謗中傷は、この時期さらに激化していきました。

 会った事もない人から、「aetの小原は、会ったことあるが、ひどいヤツだった。」とか、「汚い方法でのし上がっていったのを知っている。」と言われ続けていました。

 インターネットの掲示板でも、事実無根の事を書きまくられました。

 詳しくは省きますが、小原はこの時、非常に疲弊していました。

 確かに小原は「一旗揚げた」と言えます。しかし、その素顔は「音楽好きな一人の若手工業技術者」にすぎないのです。

 この後、小原は約3ヶ月間に渡り「現場」に姿を現す事はありませんでした。電話にも出ず、メールも見ず、一切の連絡を絶っていました。

 「大儲けをして、いい気になって遊びほうけている。」

 そう言われていました。

 確かに、「業界」に嫌気がさしていた小原は、毎日仕事もせずにぶらぶらしていました。

◆ 「パワー一辺倒」だったHHシリーズ2の限界

 自然と足が向くのは、大好きなCDショップやオーディオショップ、楽器店でした。

 そこで会うのは、懐かしい顔でした。

 「今度、どんな作品を作るの?」「もっと良いケーブルを作ってね。」

 そう気楽に話しかけてくる旧友達がそこには居たのです。

 「もっと良いものを」

 そう言われて小原は、気になっていた事を思い出したのです。

 毎日、毎日、高級ワインを開け、音楽に浸った生活をしていたのですが、そこには「パワー」と「繊細さ」が共存していたのです。

 振り返って、自分の作ったHHシリーズ2を再度見直して見ると「パワー一辺倒」だった事に気づいたのです。

 それ故に、「モニター飛ばし伝説」を作ることができたのですが、同じ理由で「限界」も見えて来たのです。

 低音がドーンと出る音楽。それは、まさしく「力が欲しい」という、小原のその頃の「憧れ」を反映したものでした。

 次回、「新たなるチャレンジ パワーと繊細の両立を求めて」をお楽しみに

▲ページトップへ戻る